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ホーム/KJDNKTK2025
かつてなく自由にダンスを名乗るための煙が立つ会 2025
プログラム概要


「六行会ホールでどのような『ダンス』がつくれますか?」
あらゆる制約抜きにかつてなく自由なダンスの企画案を提案
2年目!に進出した3組が企画の作品化をかけて挑む最終プレゼンテーション
「六行会ホールでどのような『ダンス』をつくれますか?」をお題として、アーティスト6組がダンス作品のドリームプラン(予算や実現可能性度外視の企画案)を公開プレゼンテーションした昨年の「KJDNKTK2024」。ディレクターにより選出された3組が企画の作品化をかけて挑む最終プレゼンテーション。かつてなく自由に!
黄倉未来によるエキシビジョンパフォーマンス&幕間には今年もMC担当のテニスコーツによるミニライブも開催
日時:2025年4月20日(日)15:30開演
※受付開始は15:00 ※終演時間は19:30頃を予定
会場:六行会ホール(東京都・品川区)

参加アーティスト:
JACKSON kaki
豊田ゆり佳
涌井智仁
エキシビジョンパフォーマンス:黄倉未来「フリースタイル落語」

ゲストMC:Tenniscoats/テニスコーツ
幕間でミニライブあり!!!

ディレクター|審査員
塚原悠也(アーティスト/contact Gonzo)
志賀理江子(写真家)
やんツー(美術家)

料金:3,500円 ※当日券は+500
チケット・会場

会場:六行会ホール
〒140-0001 東京都品川区北品川2丁目32-3
京急本線「新馬場駅」 北口から徒歩3分


Nextream21
かつてなく自由にダンスを名乗るための煙が立つ会(KJDNKTK)
「ダンス」をかつてなく自由につくりだすアーティストを輩出するためのプログラム。2024年に始動し「六行会ホールでどのような『ダンス』をつくれますか?」というお題での企画案を公募。選出された6組が公開プレゼンテーションを実施。
今年2年目への進出者3組が選抜され、ディレクションチームをメンターとするクリエーションで企画案を実現可能なものに更新。本イベント「KJDNKTK2025」にて再び公開プレゼンテーションを実施し、3年目に進出する1組を選出。最終年はたった1組の参加アーティストとディレクションチームのトライ&エラーで六行会ホールを会場とした作品発表を行うもの。

表現者が束になって自由に思考・実践する必要がある。煙が立てば観にいこう。褒められる必要はない。餌を持つ手を噛むタイミング、それ考えよう。
5年後? 10年後? 15年後?人類が想像もしなかったような表現形式がダンスの一形態として認識される。表現者が束になって自由に思考・実践する必要がある。ただし従来の形式の中で只々コンテンツを作っていても進まない。歴史を振り返れば、優れた芸術家は常にその形式を支える構造、ハードを触り、形式を改変して社会に投げつけてきたことは調べればすぐにわかる。音楽、絵画、彫刻、文学、演劇、ダンス、それぞれの分野で通常の思考では想像できないような更新が定期的に起こっている。もちろんその度に「これは○○ではない」というお決まりの批判も起こっただろうが、本来芸術家が日々思考していることはそんなところに留まらないはずである、ということを知ってしまった 。むしろこの批判を定点観測すべきであり、芸術家ならそこを狙うくらいがちょうどいい。煙が立てば観にいこう。褒められる必要はない。餌を持つ手を噛むタイミング、それ考えよう。それに続いて混乱と反乱を生み出すのが仕事である。現在の価値、正義のあり方を平然と疑い実践を進めるべきである。今日、資本によってイケてる「文化」らしきものが乱立する世の中において、そのような芸術を実践するのは非常に困難な事ではあるが、その上であえてコケることなどによって一つ二つタガを外せば必ず景色は変わる。人類の認知領域を少しでも広げるのはこの地球上で活動する芸術家の集団的な任務であり、それは人類が宇宙開発を進める事と同等の価値があり、芸術家として存在することに対する宿命である。
塚原悠也(KJDNKTK代表ディレクター)
KJDNKTKとは
エントリー・申込方法

アーティスト/企画案



JACKSON kaki
1996年静岡県生まれ、情報科学芸術大学院大学在籍。アーティスト、DJ、VJ、映像作家、グラフィッ クデザイナーとして活動する。VR/AR、3DCG、映像、パフォーマンス、インスタレーション、サウンド など、マルチメディアを取り扱い、身体の自然と、バーチャル・リアリティーの概念について制作とリ サーチを行う。
テクノロジーダンス「さるかに合戦」
暴力・性・死を描くために、テクノロジーと「さるかに合戦」を踊ります。
本パフォーマンスはテクノロジーと物理現実の肉体を用いて、「隠された身体」つまり「暴力」「性」「死」について、伝統的な物語である「さるかに合戦」に沿いながら、ダンスを踊ります。私たちから隠されている身体を剝き出しにしながら、それを隠そうとするテクノロジーと共に「必死に」踊ります。
